スミレ幼稚園
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幼稚園だより

あなたの持っている、人としての「秤」は、どんなもの?

「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる。」(マタイ7章1~5節)

 非常事態宣言時に「自粛警察」気取りの人たちが目を光らせては、人を裁き、断罪・糾弾し幅を効かせていましたね。あれを見た時は、平清盛時代の「禿(かむろ)」か、江戸時代の「五人組」、戦時中の「特高警察」が彷彿させられました。けど、県境を越えた移動が許され、観光地の報道を見た時、「3密を避けると言っておきながら、週日の都心部の状態が、週末に観光地に移動してきただけじゃん!矛盾…矛盾!言っている事と、やっている事が全く違う!」とテレビに向かい言い放って、観光客や都心部に集まる人たちを裁いている、まるで「自粛警察」気取りの自分がいるのです。

 イエス様は狭量なコメントで裁く人たちに「自分の裁き方」が、そのまま自分に降りかかると言います。ならば私の秤のウエイトはどっちにしますか?厳しく他者を責め立てて、自分の正義を振りかざすのか……それとも、自分も弱い人間の一人として謙虚にへり降り、やさしさの眼差しでありのままを受け留め、寛大な心をもって、人の過ちな行動を赦しの姿勢で見てあげられるのと……

 園長 佐藤直樹

 
カテゴリー:聖書のおことば - 2020-06-29

試錬を耐え忍ぶ人は幸いである。

試錬を耐え忍ぶ人は幸いである。それを忍び通したなら、神を愛する者たちに約束されたいのちの冠を受けるであろう。だれでも誘惑に会う場合、「この誘惑は、神からきたものだ」と言ってはならない。神は悪の誘惑に陥るようなかたではなく、また自ら進んで人を誘惑することもなさらない。人が誘惑に陥るのは、それぞれ欲に引かれ、誘われるからである。(ヤコブの手紙1:12~14)

いよいよ、これからが本番、これからが本性の現れる時

園 長 ・ 佐 藤  直 樹

先日、ニュースの中で作家の多和田葉子さんがインタビューされていました。彼女はその中で、今回のコロナ禍の状況について「非常に厳しい“コロナテスト”をすべての国が受けていると思うんですよね、今……世界中がある意味では課せられた課題というかテストなので今回は。テストですよ。日本も頑張ってほしい」と語っていました。ある国は、それでも経済を優先し感染者数世界第3位にまで、のし上がりました。ある国は火事場泥棒のように、どさくさ紛れに政府がなんでも勝手に決められる制度にしようと、そのチャンスを狙っているようにしか見えない国もありましたね。ドイツのメルケル首相は「私たちは思いやりと理性を持って行動し、命を救っていくことを示していかなければいけない。 例外なくすべての人々、私たち一人一人が試されている。みなさん自身と大切な人の健康に気をつけてください」というメッセージを発信した国もあるのです。

「試練」と「誘惑」は聖書では同じ言葉を使っています。『Withコロナ禍』の中で、新しい生活様式が始まろうと言う時、この困難な状況を「試練」とするのか、「誘惑」にするのかは一人一人の取り組み方と行動の実践という「本性」の現れ方に掛かっています。

 
カテゴリー:聖書のおことば - 2020-06-05

隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる(マタイ6章6節)

新型コロナウイルスの感染が止まりません。感染源がわからない罹患者の例が出てきました。どこで、どのような経路で罹患したかた辿れなくなったのです。不特定多数の方がたにウイルスが蔓延していると考えられます。見えないと言うこと、その性質がまだ良くわかっていないと言うことで対応が困難となっています。

医療関係者の中でも感染し、中国ではある病院の院長先生が亡くなられたとのニュースもあります。パンデミック(コントロールの聞かない蔓延)にならないよう新型ウイルスとの命がけの闘いが行なわれていることにその危機の現実が伝わってきます。休みなしの作業にみんな疲労困憊でしょう。どうかこの困難との闘いに負けないで乗り越えて欲しいと心から祈っています。

オーストラリアの火事の鎮火作業を思い出します。連日の作業で疲れたからと言って休むことが出来ず、休めば火災は益々広がり、時間との闘いでもあります。かといって交代要員も居ないとなれば、続けるしかないのです。

教会では「四旬節」と言ってキリスト様の苦しみ、死、復活の出来事を記念する季節に入ります。「灰の水曜日」(2月26日)には参加者の頭に灰をつけ「あなたはチリであり、チリに戻るのです」と司祭に言われます。「人間は生まれ、いずれ死んでいくもの」であると言ういのちの大原則に目を向けさせます。いのちの意味を思い出させる時です。

人前で目立つ行為、誰もが拍手を送ってくれるパフォーマンスをすることによって人から褒められ、人から注目されることに満足を得たいと思う生き方ではなく、「隠れたことを見ておられるあなたの神から」認められる生き方をすることが本当にいのちを大切にする生き方です。足りないことばかりの医療環境の現場で戦う知られざる多くの医師・看護師。燃えさかる火との闘いでいのちを失う消防士たちがまだこの世にいてくださることに深い感銘を受けます。

園長 鈴木正夫
カテゴリー:聖書のおことば - 2020-03-03

悪を持って悪に、侮辱を持って侮辱に報いてはなりません。かえって祝福を祈りなさい。(1ペトロ3,9)

いま最も気になる言葉は、「中国」「武漢」「コロナウイルス」ですね。「人から人にうつらない。あまり気にしすぎることはない。」と言われていましたが、「武漢」に行ったことのない日本人がコロナウイルスに感染したとのニュースが入り、事態が深刻化して参りました。武漢からの旅行客が沢山日本に来ており、観光地や旅館や空港・駅・店・食堂など至る所歩き回っていることがわかります。そうすれば、知らないうちにどれほどの人びとと接していたか計り知れないものがあります。

人のうわさ、悪口を言いふらすおしゃべり女がいました。村の神父さんがそのおしゃべり女に言います。風の吹く日でした。「ニワトリ一匹分の毛を集め裏山の頂から、まき散らしなさい。」戻ってきた女に、「それではまき散らした毛をもう一度全部集めなさい。」「神父さん。そりゃー無理ですよ。こんな風の日にどうやって毛を集めるというのですか」「おわかりですか。あなたが言いふらした、人の悪口はもう取り返しはつかないのです。」こんな話を思い出しました。

ウイルスの話は怖いですが、発熱したり発症したりします。コロナウイルスかどうかも特殊顕微鏡などで確認できます。感染ルートもある程度追跡できます。しかし、言いふらされた良くない人の情報・うわさは顕微鏡では確認できず、言われたその人の悪いうわさはずっと残り、取り消すことは不可能です。

人の悪口を言わない人は本当に素晴らしいひとです。滅多にあったことがありませんが。

聖書の中には「祝福」と言う言葉が良く出てきます。Benedicare(祝福)ですが、Bene-dicareの合成語です。Beneは「良い」Dicare は「言う」という意味です。人のことを「良く言う」と言うことでしょうか。「悪をもって悪を 侮辱をもって侮辱に報いることでなく、かえって「祝福」つまり「人のことを、良く言うこと」をしなさいと言っています。

「悪口」 「ヘイトスピーチ」 「憎しみに満ちた言葉」で蔓延しているこの世界にありながら「祝福」を伝染して回れるとしたらどんなに素晴らしいことでしょうか。

園長 鈴木正夫

 

 
カテゴリー:聖書のおことば - 2020-02-05

神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。(創世記1-3)

新年明けまして,おめでとうございます。年のはじめにあたり,今年も明るく,良い年となるよう祈りたいです。

ポピュリズムと言われるこの頃です。そのとき,そのときの人びとの要求に応える人気の政治家が現れ,かなり極端な政治手法でも人びとに選ばれたことをテコに「自分は大衆に選ばれた人間ゆえ」大衆の喜ぶことを発言し,自分を応援する人の利益となることを実現するのです。表向き正しそうに見えますが、これが問題になっています。ある特定の方々には,即反応があるのでよろこばれますが。その持続可能な国全体の利益、あるいは世界規模での利益が損なわれてしまうことになっているからです。例えばアマゾン地方での開発は地球規模で神経をつかって欲しい場所ですが,現地の産業を活発化させるため、一度伐採されれば50年以上100年は回復に時間が掛かる熱帯雨林をどんどん切り開いています。基本的にはどの国々も目先の利益(国益)優先のため自己主張の強い発言をして,暗い状態です。

16歳のグレタ・トウンベルトさんが地球の未来のため、CO2削減を訴えているのが救いです。COP25が閉幕されたばかりで,やはり自己主張の強いCO2排出国の主張によって以前パリ協定で決められたことからも後退してしまっています。同じ地球に住む人類の未来は国を超えて協力するしかありません。地球の存亡に関わる問題を若い人びとが一番気にしています。

旧約聖書の最初に世界創造の物語があります。聖書によれば「地は混沌であって,闇が深淵の面にあり。神の霊が水の面を動いていた」とあります。「神は言われた。【光あれ】こうして光があった。」 混沌状態になっている世界の人びとの心にもう一度神様に言ってもらいたい【光あれ】と。

園長 鈴木正夫

 
カテゴリー:聖書のおことば - 2019-12-26
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