スミレ幼稚園
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幼稚園だより

「世はことばを認めなかった」(ヨハネ1,10)

今年もクリスマスがやってきました。スミレ幼稚園では「クリスマス聖劇」の練習が始まります。マリア様の役・ヨゼフ様の役・兵隊・宿屋さんの役などその他いっぱいの役で構成されています。初々しい4歳・5歳・6歳の子供たちの心に生涯残るクリスマス物語でもあります。

新約聖書の中に「福音」と言われている箇所が四つあります。「マタイによる福音」「マルコによる福音」「ルカによる福音」「ヨハネによる福音」です。読み方は「ふくおん」ではなく「ふくいん」です。「クリスマス聖劇」はこの四つの福音書の中の「マタイによる福音」と「ルカによる福音」の二つの福音書の中に書かれてある「イエスの誕生の物語」を元にしてつくられたものです。四つの福音書のうちで最後に書かれたと言われる「ヨハネによる福音書」には「イエス様の誕生」に当たると思われる部分を全く違った切り口で表現されています。

それによればイエス様の事を「神のことば」と表現し、この「神の言葉」は、「肉となって、私たちの間に宿られた」とあります。「ことば」はこの世に生まれた。しかし「ことば」は自分の民のところへ来たのに、民は受け入れなかった。と記されています。

聖劇の中でトン・トンと泊まる宿屋の戸を叩くシーンがあり、身重になったマリア・ヨゼフたちは泊めてもらえないお話になっています。

今ゴーンさんの事件が話題になっています。会社経営・経費削減でギリギリに追い詰められた従業員が居るとすれば、そのトップが気の遠くなるような何十億の金で私腹を肥やすという話題です。「神の言葉」は果たしてどこで受け入れられるのだろうか。

園長 鈴木正夫

 

カテゴリー:聖書のおことば - 2018-12-06

愚かな者よ、今夜、おまえの命は取り上げられる。(ルカ12章20節)

 神父という立場上、人の死に関わることが多いです。教会での葬儀のあと大和葬祭場まで行き、かまどの前で「火葬前の祈り」を唱えます。かまどの扉が開かれお棺が入れられ、係員のお別れの挨拶とともに扉は閉められ、火葬に入ります。そこでは、ご本人の個人的思いとか希望とかの声はなく、他人の手で淡々と残酷とも思える形で焼かれてしまいます。およそ人はだれでもこのようにしてこの世の舞台から去って行きます。死は間違いなく私にもやってくると言うことを自覚させられる厳粛な時でもあります。

 「終わりのある自分の命」を意識することは若くて健康な皆様の現状から実感しにくい事でしょう。決して不吉な事、脅かし的なことを言うつもりはありませんが、避けて通れない人間の真実に、時に目を向ける必要があるように思います。

 聖書のお話の中で、大金持ちがまた成功し、現在の倉に収めきれない財宝を手に入れたのでより大きな倉を建て直し、財産をため続けようとしていた時、「愚か者よ、今夜、おまえの命は取り上げられる。おまえのためた財産はだれのものになるのか。」と神様から問われるというお話です。

 与えられた命、限りある命を自分目的(奪う愛の形式)のための人生にするのか、他者を支え他者を生かすための人生(与える愛の形式)にするのかが問われています。あれか、これか単純に分けられないでしょうが、やはり誰かを支え、誰かを豊かにさせるため、私の限られた命を捧げる形でありたいと思うのです。

園長 鈴木正夫

 

 

カテゴリー:聖書のおことば - 2018-10-31

天は神の栄光を語り、大空は御手のわざを告げる (詩19、1)

ハヤブサ2は2014年12月に打ち上げられ、3年6ヶ月かけ、やっと目的の星リュウグウに到着したというニュースで、宇宙に関して何の知識もない私にもなんだか大変興味深い事として伝わってきます。およそ3億キロ地球から離れた距離にある直径900メートル大の星だそうです。広大な宇宙の中に漂う小さな星をめがけ、そこに到着するのは日本からブラジルにある長さ6センチの的に命中させるようなものだと説明されています。科学の力で人間は着々と自然の実態の解き明かしをしています。

平均的大きさの人間の細胞の数はおよそ30兆2000億個あるそうです。これも気の遠くなるような数の細胞ですが、すべて統一され本人に意識されなくともきちんとつながりあっていると言うことです。すべての細胞はちゃんとプログラミングされ新陳代謝され有機的につながっている一つの生命体であることは宇宙の広がり(マクロ)と同じようにミクロの世界にも脅威の広さと驚きを感じさせます。それでも宇宙の4%の物質がわかっているのみで残りの物質の23%はダークマター、73%はダークエネルギーであるといわれています。要するにまだわからないことばかりなのです。

「天は神の栄光を語り、大空は御手のわざを告げる」 聖書の時代の人々は科学を知りませんでした。しかし宇宙とそこにあるものは偶然にあるものではなく慈しみ深い神様の栄光(素晴らしさ)を告げているのだといっています。生まれてくる赤ん坊の愛くるしい顔は偶然ではなく、あなたのために神様が与えてくださった尊いプレゼントなのです。

園長 鈴木正夫

 

カテゴリー:聖書のおことば - 2018-09-28

あなたがたは,互いに愛し合いなさい。(ヨハネ13,34)

 年々気候がおかしくなっている気がします。毎日続く35度以上の記録的高温、次から次にやってくる台風、集中豪雨とそれに伴う土砂災害・河川の氾濫などがあり,大きな災害をもたらしました。世界に目を向けてみると、止めようのない広範囲の森林火災がアメリカ、ヨーロッパにありました。大雨によるダム決壊、河川の氾濫、家屋の浸水が方々で起こっています。一つの国だけで操作できるような規模ではありません。地球規模でこの地球の環境を守り、みんなで維持していかなくてはならない時が来ています。すでに手遅れの感があります。それでも自国の産業を活性化させるため、排ガス(CO2)が出ようが、思いっきり化石燃料を使用し、ただ経済効果を叫ぶ某国もあり、やるせない思いです。

 地球環境も与えられたもの、人類がお世話になっている基本的なものです。自分の体の健康を気遣うように,地球の健康状態を守る必要があります。一国だけでこれをすることは出来ません。協力しなければならないものです。ところが今。国と国との関係の悪化が目立っています。お互いに関税を掛け合う中・米間の貿易戦争、イランの経済制裁の話、核放棄にまつわる北朝鮮問題、方々でさまよう難民たちを排斥する動き。地球上に住む人間どもがいま平和でないのです。

 「互いに愛し合いなさい」と言う聖書の言葉は、単に宗教的言葉ではなく,人類が生き延びていくための大変重要な言葉(キーワード)なのです。互いに愛し合い,理解し合う事によってはじめて人類は救われるのです。愛するとはつながり合う事です。

園長 鈴木正夫

 

カテゴリー:聖書のおことば - 2018-08-31

自分の量る秤で量り与えられる(マタイ7,2)

ワールドカップで沸いています。日本が決勝トーナメント16チームになんとか行ってほしいと応援しています。セネガル戦で先取されながらも引き分けに持ち込んだ日本チームを誇りに思います。このような国際試合になると、どうしても愛国的気分になります。コロンビア戦のあと、日本人サポーターがスタンドのゴミ拾いを始めたことで話題になっています。「来たとき以上に綺麗にして返す」とインタビューで応えていたのが印象的でした。かつて、ボーイスカウトの活動をしていた頃を思い出しました。美しい森と綺麗な小川のある茅野のキャンプ場でした。新入の隊員が小川で飯ごう炊さんの片付けで、ご飯粒や野菜の切れ端を川縁に捨てていました。早速隊長に呼び集められ、言われていたのがこの言葉でした。

今回の関西地区の予期せぬ地震でかなりの家屋にダメージがあったようです。つい今度の土曜日、日曜日を利用して沢山のボランティアがやってきて、一人暮らしの方々の家の掃除、片付けを手伝っていたことも知りました。受付が対応できなかったほどの人数だったようです。こんなうれしいニュースを聞いて、日本も捨てたもんじゃないと心底うれしく思いました。アメリカでは不法移民の親子が引き離され,母を呼び求める子供たちの泣き声、アフリカからの難民をこれ以上受け入れないイタリア政府の厳しい仕打ち等、世界には人を思いやる事に不寛容な空気が漂っています。人とは何か。人は人に対してどうあるべきなのかと言う根本的な問いかけが投げかけられています。人を排除するも、人を暖かく受け入れるも最終的に決めるのは人です。人の上に、人をごらんになっておられる神様の目があります。「あなた方は、自分の量る秤で量り与えられる」。さてどんな秤(はかり)を私たちは持てば良いのでしょうか。

カテゴリー:聖書のおことば - 2018-06-29
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