スミレ幼稚園
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幼稚園だより

天は神の栄光を語り、大空は御手のわざを告げる (詩19、1)

ハヤブサ2は2014年12月に打ち上げられ、3年6ヶ月かけ、やっと目的の星リュウグウに到着したというニュースで、宇宙に関して何の知識もない私にもなんだか大変興味深い事として伝わってきます。およそ3億キロ地球から離れた距離にある直径900メートル大の星だそうです。広大な宇宙の中に漂う小さな星をめがけ、そこに到着するのは日本からブラジルにある長さ6センチの的に命中させるようなものだと説明されています。科学の力で人間は着々と自然の実態の解き明かしをしています。

平均的大きさの人間の細胞の数はおよそ30兆2000億個あるそうです。これも気の遠くなるような数の細胞ですが、すべて統一され本人に意識されなくともきちんとつながりあっていると言うことです。すべての細胞はちゃんとプログラミングされ新陳代謝され有機的につながっている一つの生命体であることは宇宙の広がり(マクロ)と同じようにミクロの世界にも脅威の広さと驚きを感じさせます。それでも宇宙の4%の物質がわかっているのみで残りの物質の23%はダークマター、73%はダークエネルギーであるといわれています。要するにまだわからないことばかりなのです。

「天は神の栄光を語り、大空は御手のわざを告げる」 聖書の時代の人々は科学を知りませんでした。しかし宇宙とそこにあるものは偶然にあるものではなく慈しみ深い神様の栄光(素晴らしさ)を告げているのだといっています。生まれてくる赤ん坊の愛くるしい顔は偶然ではなく、あなたのために神様が与えてくださった尊いプレゼントなのです。

園長 鈴木正夫

 

カテゴリー:聖書のおことば - 2018-09-28

あなたがたは,互いに愛し合いなさい。(ヨハネ13,34)

 年々気候がおかしくなっている気がします。毎日続く35度以上の記録的高温、次から次にやってくる台風、集中豪雨とそれに伴う土砂災害・河川の氾濫などがあり,大きな災害をもたらしました。世界に目を向けてみると、止めようのない広範囲の森林火災がアメリカ、ヨーロッパにありました。大雨によるダム決壊、河川の氾濫、家屋の浸水が方々で起こっています。一つの国だけで操作できるような規模ではありません。地球規模でこの地球の環境を守り、みんなで維持していかなくてはならない時が来ています。すでに手遅れの感があります。それでも自国の産業を活性化させるため、排ガス(CO2)が出ようが、思いっきり化石燃料を使用し、ただ経済効果を叫ぶ某国もあり、やるせない思いです。

 地球環境も与えられたもの、人類がお世話になっている基本的なものです。自分の体の健康を気遣うように,地球の健康状態を守る必要があります。一国だけでこれをすることは出来ません。協力しなければならないものです。ところが今。国と国との関係の悪化が目立っています。お互いに関税を掛け合う中・米間の貿易戦争、イランの経済制裁の話、核放棄にまつわる北朝鮮問題、方々でさまよう難民たちを排斥する動き。地球上に住む人間どもがいま平和でないのです。

 「互いに愛し合いなさい」と言う聖書の言葉は、単に宗教的言葉ではなく,人類が生き延びていくための大変重要な言葉(キーワード)なのです。互いに愛し合い,理解し合う事によってはじめて人類は救われるのです。愛するとはつながり合う事です。

園長 鈴木正夫

 

カテゴリー:聖書のおことば - 2018-08-31

自分の量る秤で量り与えられる(マタイ7,2)

ワールドカップで沸いています。日本が決勝トーナメント16チームになんとか行ってほしいと応援しています。セネガル戦で先取されながらも引き分けに持ち込んだ日本チームを誇りに思います。このような国際試合になると、どうしても愛国的気分になります。コロンビア戦のあと、日本人サポーターがスタンドのゴミ拾いを始めたことで話題になっています。「来たとき以上に綺麗にして返す」とインタビューで応えていたのが印象的でした。かつて、ボーイスカウトの活動をしていた頃を思い出しました。美しい森と綺麗な小川のある茅野のキャンプ場でした。新入の隊員が小川で飯ごう炊さんの片付けで、ご飯粒や野菜の切れ端を川縁に捨てていました。早速隊長に呼び集められ、言われていたのがこの言葉でした。

今回の関西地区の予期せぬ地震でかなりの家屋にダメージがあったようです。つい今度の土曜日、日曜日を利用して沢山のボランティアがやってきて、一人暮らしの方々の家の掃除、片付けを手伝っていたことも知りました。受付が対応できなかったほどの人数だったようです。こんなうれしいニュースを聞いて、日本も捨てたもんじゃないと心底うれしく思いました。アメリカでは不法移民の親子が引き離され,母を呼び求める子供たちの泣き声、アフリカからの難民をこれ以上受け入れないイタリア政府の厳しい仕打ち等、世界には人を思いやる事に不寛容な空気が漂っています。人とは何か。人は人に対してどうあるべきなのかと言う根本的な問いかけが投げかけられています。人を排除するも、人を暖かく受け入れるも最終的に決めるのは人です。人の上に、人をごらんになっておられる神様の目があります。「あなた方は、自分の量る秤で量り与えられる」。さてどんな秤(はかり)を私たちは持てば良いのでしょうか。

カテゴリー:聖書のおことば - 2018-06-29

あなた方は「然り」は「然り」とし、「否」は「否」としなさい。(ヤコブ5,12)

 無いと言っていた資料が今になって出てきたり、公式文書の改ざんが行われたり、加計学園・森友学園の件で大切な国会審議時間が費やされています。日大アメフトのラフプレーの件でも当の学生の証言と、監督たちの主張が異なっていることなど、一体日本はどうなっているのか。「然り」。つまり「そうであること」は「そうである」と言うこと。また「否」。つまり、「そうでないこと」は「そうでない」と正直に言うことは基本的な聖書の教えです。

「本当のことを知りたい」と思うのですが、真相が不明確のまま過ごさねばならない世の中になり、いつまでもすっきりしない暗雲が世の中を暗くしています。

 「神様のお話」の時間があり、園児たちにお話をしています。私にとって、大変緊張する厳しい時間でもあります。子供の、まっすぐにものを見、考える純粋な目に私自身がさらされるからです。先日は、「アダムとイブの物語」をお話ししました。蛇にそそのかされて、神様から食べてはいけないと言われていた、木の実をとって食べたお話です。約束を守らないこと、決まりを無視することは「いけないこと」と言うお話です。「いけないこと」と知りながら「いけないこと」をする人間の暗い部分を子供ながらに少しずつ理解していくことが「神様のお話」の役割でもあります。「お友達にしてはいけないことをしたことはありませんか?」とたずねるとみんなそろって「ありませーん!」と大きな声で返事が返ってきます。自分に当てはめて、お話を聞ける年齢にないからでしょう。自分の心に嘘をつかない良い人間になってほしいと願っています。

園長 鈴木正夫

 

カテゴリー:聖書のおことば - 2018-05-31

羊はその声を聞き分ける(ヨハネ10,3)

年少組のたんぽぽ・ちゅうりっぷさんのグループはいま集まったり、一緒に列を作ったりする練習をしています。先生たちは大変そうだが、見ていて大変楽しい。当の本人たちは、何度も呼び掛ける先生の声を聞いてなく、勝手気ままに自分の世界で楽しんでいるように見えます。家庭では、一人ひとり親から名前で呼ばれ、親子の日ごろの関係性が構築されているので問題はないのですが、先生が全体(集団)に向かって呼び掛けるとなると「みーなさん!」となる。「みーなさん」とは誰のことか?自分以外の人に呼び掛けているのかな?と理解しているのではないかと思われます。私たち大人もそのような受け取り方を今でもしているように思います。自分の名前が具体的に呼ばれない限り、だれか他の人のことでしょうと。

聖書のお話の中に、神様と人間との関係を、羊飼いと羊の関係に例えて語られているところがあります。当時の羊飼いは自分の羊を夜は共同のひつじ小屋(小屋といっても石垣で囲い、オオカミから羊を守るための柵のようなもの)に入れ、夜を過ごさせ、朝になると飼い主が呼び出し、牧場に連れていく。夜は他のグループの羊と一緒に過ごすため、よその羊と自分の羊の区別がつきません。しかし羊飼いが声をかけると、その羊飼いの羊は間違いなく出てくるそうです。羊は自分の主人の声以外の羊飼いの声には、絶対について行かないそうです。

「羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す」(ヨハネ10,3)とありますが、羊飼いたちは、一匹一匹をどのような名前で呼んでいるのか大変興味深いです。

神様と人間の関係に置き換えると、どうでしょう。自分の名を呼ぶ神がいて、人間の道から反れないよう、私の名を呼んでくださっていると言うことでしょうか。羊は自分を呼ぶ羊飼いの声は聞き分けるのに、人間の方は神様の呼ぶ声(良心の呼び声)に素直なのでしょうか。政界では森友・加計学園でもめています。意識して神の声を聞かないように頑張っているのでしょうか。

園長 鈴木正夫

 

 

カテゴリー:聖書のおことば - 2018-05-02
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